「費用対効果を数字で示してください」。稟議を通すためにそう言われて、ROIの試算表を必死に作った担当者を、私は何人も見てきました。時間をかけて数字を積み上げて、それでも通らない。理由を聞くと、決裁者の反応はだいたいこうです。

「で、これ使わなかったら誰が困るの?」

数字より先に、この一言に答えられていないんです。今日はこの話をします。

費用対効果の前に「誰の仕事が消えるか」を書く

当社はAI開発の支援もしていますが、稟議が通る案件と通らない案件には、はっきりした違いがあります。通る稟議は、費用対効果のスライドの前に、必ず「今、誰がこの作業を手でやっていて、それが何時間かかっているか」を具体的に書いています。

通らない稟議は逆です。「業務効率化」「生産性向上」という言葉から入って、投資回収期間の話に飛びます。決裁者からすると、それは絵に描いた餅なんです。

現場で私がよく使うのはこういう聞き方です。

「この見積作成、月に何件手で作られてます?1件あたり何分くらいかかってますか?」

この一言で、費用対効果の話をする前に「誰の何時間が消えるか」がはっきりします。数字はその後についてくるものです。順番を間違えると、稟議書は正しくても、決裁者の頭には何も残りません。

判断の分かれ目:試作で終わるか、本番まで行くか

AI開発の相談を受けるとき、私が最初に見るのは「この案件は誰の业務を止めるものか」という点です。ここで判断が分かれます。

担当者一人の作業を楽にするだけの話であれば、正直、優先度は低いです。試作を作って満足して終わる可能性が高いからです。逆に、複数人が同じ作業で毎日つまずいている、もしくは営業や制作の前工程が詰まって後工程全体が遅れている、という状態であれば、本番運用まで持っていく価値があります。

当社支援案件・2026年時点の実績値ですが、試作から本番運用まで移行できた案件は82%です。この数字が高いのは技術力の話ではなく、最初の段階で「誰が困っていて、その人が本当に困っているか」を確認してから作り始めているからです。困っている人が一人しかいない案件は、そもそも着手を見送ることもあります。

稟議書に「現場の声」をそのまま貼る

もう一つ、通る稟議に共通しているのが、現場の担当者の言葉をそのまま引用している点です。要約せず、そのまま。

例えば、展示会の名刺整理を手作業でやっている担当者からはこんな声が出ます。

「名刺、会期後に200枚くらい溜まって、結局手をつけられないまま忘れられてます」

この一文を稟議書に貼るだけで、決裁者の理解速度が変わります。「業務効率化のためのAIツール導入」という抽象的な言葉より、「200枚の名刺が忘れられている」という具体的な事実の方が、頭に残るからです。

TSUNAIDEは展示会支援を主軸にしていますが、展示会の成果を測るときも「名刺の枚数」ではなく「次回商談の日程を確定できた件数」で見ています。理由は同じです。抽象的な数字は決裁を動かしません。具体的な事実だけが動かすんです。

それでも、最後は人がやり切るかどうか

ここまで書いてきたことは、正直、地味な作業です。現場に足を運んで、担当者に話を聞いて、その言葉をそのまま拾う。稟議書のテクニックというより、手間のかかる下調べです。

でも、この手間を飛ばして数字だけで押し切ろうとする稟議は、だいたい途中で止まります。決裁者も現場も、納得していないまま進めているからです。

AI導入がうまくいくかどうかは、ツールの性能より前に、この地味な準備をやり切れるかどうかで決まります。私はそう思っています。

実務チェックリスト

  • 稟議書を書く前に、現場担当者に「今その作業、月に何件・何分かかっているか」を聞く
  • 決裁者向けの資料に、担当者の発言をそのまま一文引用する
  • 「困っている人が一人か複数か」を確認してから着手判断をする
  • 試作を作る前に「本番運用まで持っていく価値があるか」を関係者と言葉にする
  • 費用対効果の数字は、現場の困りごとを書いた後に置く
  • 稟議が通らなかった場合、決裁者の反応を一言でメモに残す
  • 導入後、実際に業務時間が減ったかを現場担当者に直接確認する

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